オレアンダーの花色に紛れてシェンナの陽だまりが揺れている。


「ツナくん、第2理科室で環境委員の説明会があるんだって。さっき隣のクラスの子が連絡にきたよ」

帰り支度をしていた10代目の机に立ち寄ってプリントを一枚手渡しながら笹川が微笑むと10代目ははにかむようにして微笑み返した。

「ありがとう京子ちゃん。今行ってくるね」
「どういたしまして。頑張ってねツナくん」

昼食のあとのプリンを食べているときと似ているような少し違うような10代目の微笑み。
黒川花と連れ立って手を振る笹川京子を嬉しそうに見送っている。

オレは10代目が笑っているのが好きだ。それがオレ以外によってもたらされているものだとしても10代目に笑っていて欲しいと思う。



-----こぼれておちたコトノハ-----



「獄寺くん、そういうわけでおれ、委員会行かなくちゃなんないから先に帰っていいからね。この間待ってて貰ったときも結構遅くなっちゃったし」
「いえ、遅くなるならなおさら帰りはご一緒したほうが安全ですし待たせてください。なんならオレも理科室に」
「だいじょうぶだって。待たなくてもだいじょぶだからね」

待つの待たないのとやっているところに耳障りなソプラノで名前を呼ばれた。

「ゴクデラクーン」

全く覚えのない3人組だ。
そのまま無視していると10代目に小声で呼ばれてるんじゃない?行っておいでよと促され、おれのことは待たなくてもいいからねと念押しされる。


「ゴクデラクン、ちょっとききたいんだけど好きな人とかいるのかな?あ、誰かとつきあってたりしちゃう?」
「このあいだポニーテールの子と一緒にいたって噂もきいたんだけどほんと?」
「それともー、ダメツナとデキテルっていうのホントなの?」

キャーキャーと勝手に騒ぐ3人の相手をする気は最初からなかったから目線もやらずに邪魔だと低く吐き捨てて追い払った。
こういうことも珍しくはなく大抵小さなグループで近づいてきて勝手に騒いで勝手な話をしてキャー、ゴクデラクンガオコッター、等と散っていくのだ。
他愛も無いあそびだ。
10代目にご迷惑がかからない範囲ならオレが何を噂されようと知ったことじゃない。

3人目の妙に鼻にかかった声の女が言い出した噂ってやつも実のところは初めてきいた話ではない。
はじめのうちこそ元凶を探してシメてやろうとも考えたが探すには範囲はあちこちに広がっていてしかも内容はからっぽな中傷だ。
オレが積極的に動くことで10代目の耳に入れて不快な思いをさせることもないと適当に流すかその場で黙らせた。



待たなくてもいいと言い置いて教室を出た10代目を待たないわけも無く、とりあえずの時間潰しに薄い雑誌を1冊読み終えてグラウンドを眺めれば送球練習をしている山本と目が合った。
ふやけたウインクとピースサインを寄越したのが気に入らずに廊下に足を向けた窓の向こう側。シェンナの陽だまり。
間違えようも無い10代目の髪の色だ。


リノリウムの廊下を脇目も振らずに突っ切って階段を二段飛ばしに駆け降りる。
窓から飛び降りても構わなかったが、きっとあのひとが困るに違いないから階段を駆け降りて誰もいない準備室のドアを開けて中庭に飛び出した。
枝を切り揃えたばかりらしい植え込みの隅の方で10代目の声がした。

「ほんとに、おれ、しらないから」

先に教室に来た連中とは別の、これも名前も知らない数人の女生徒に囲まれて所在なげにする10代目の横顔がみえる。
女たちは10代目を小突きこそはしないもののあからさまに莫迦にしたような態度で10代目をダメツナと呼びスカートをひらひらさせながら壁をつくって逃さぬようにしている。

「10代目!!」

薄茶色のふわふわした癖毛をかき混ぜるようにしてこちらを伺う10代目に近づくと女たちはそそくさと囲いを解いてオレと10代目を交互に眺めるようにしながら意味ありげに目配せしてこの場を離れて行った。

「じゃ、私たち行くから。ダメツナ、折角だからちゃんと訊いておいて今度はしっかり教えてよ?」

リーダー格の女が命令口調でそう言い放って見えなくなると10代目はふう、と溜め息をついて地面に投げ出されていた鞄を持つとぎこちない感じの笑みを浮かべてオレを見た。


「獄寺くん、かえろっか」

手を伸ばして鞄を受け取ろうとするもののストラップベルトをぐっと握ったまま離されないのでそのまま横に並んだ。

「ごめんね、随分待たせちゃったのかな?帰ってて貰っても良かったんだけど・・」

それは帰っていてくれたほうが良かったということなのかと逡巡する前に10代目は言葉をつなげた。

「・・けど、待っててくれてありがとうね。あと、来てくれて助かったし」

先程よりもずっと柔らかい表情の10代目につられるようにして自分の頬が緩むのがわかる。
10代目の笑顔がすきだ。ふわっと頼りないようでいて中心をすべてもっていかれてしまうような身体全部に行き渡る様なやさしさと強さ。
些細な日常に向けられる慈しみ、楽しみへのまなざし。眩しい青空。
しばしば困ったように向けられる笑顔も、むしろオレにはそんな笑顔が向けられることのほうが多いけれど、10代目が笑ってくれるとそれだけでオレはここに居てもいいのだとゆるされているような気になる。

「あいつら、何やってたんすか?なんか失礼なことされたんじゃないっすか?なんなら今からでも果たしてきますよ!」

来てくれて助かったという10代目に浮かれたのもあって勢い込んでオレは叫んだ。

「いい、しなくていい。果たさなくていいからね、獄寺くん」

ある意味では予定調和。
慌てたように10代目の手がオレを制止すべくカーディガンの肘辺りをぎゅっと掴んでいる。
不敬な女たちを果たしたいのもオレの本心であり10代目のお気持ちに沿うのもまたオレの目指すところだ。


「10代目がそうおっしゃるなら」

繰り返される儀式のようにオレがそう言えば10代目もまた困ったようにあの笑顔をオレに向けて頷くと掴んでいた手を外し、カーディガンの皺を払うように軽く叩いた。

「うん、別にたいしたことされたりしたんじゃないんだ。ちょっと質問攻めにあってたっていうか、そんなかんじ」
「何か面倒なこと訊かれてお困りだったんじゃないですか、オレが最初から居れば速攻追い払っておいたんですけど」

長めの前髪から覗く10代目の眉毛が下がり次にはやや悪戯めいた瞳の色がオレを射すくめて呟くような溜め息混じりに笑っている。

「そうだねえ。追い払わなくてもいいかもだけど、獄寺くんが最初からいたほうが良かったってのはそうかも。あの子達さ、獄寺くんのこと知りたがってるんだよ。おれにきくより獄寺くんに直接きいたほうが間違いなさそうなのにね。今度記者会見、っての?開いてみるとか」

そうかもしれないとは予測したけれどオレのことで10代目を煩わせていたことに再度不快感が沸き起こり無意識のうちに眉間に溝を刻んでいたらしい。
そうやってオレはいつも10代目を困惑させてしまう。ただ笑っていて頂きたいのに。

「ご、ごめん。記者会見とかジョーダンだから。なんかさ、おれだと質問しやすいみたいなんだよね。でもおれもうまく答えられないっていうか、それでちょっと困ってたっていうか」
「いえ、10代目が謝られる必要はないです。オレのせいで10代目がお困りになってることが許せません。謝るのはオレの方です」
「だーかーらー!土下座とかいらないし、それもおれ困るし。うん、まあどうせだからおれもちょっと訊いておこうかなとも思うし」

校舎を挟んだ向こう側から運動部員たちの号令や気合を入れる掛け声が響いてくる。
足元の影は伸び始めていた。

10代目が知りたいというオレの事象がどんなことにせよ出来る限りの誠意でこたえる心積もりは勿論ある。
だからといって渡り廊下の柱にもたれてこちらを気にする幾つかの好奇心に応える義務は爪の先程もない。
ひとまず歩きながら話しましょうと提案し中庭を抜け校門をあとにした。