夕飯にはまだ早い中途半端な時間だ。
商店街を制服でうろつくのもまた厄介ごとの一因になるかもしれないと自販機で飲み物だけ買って10代目のお宅に近い小さな公園に立ち寄った。
どうせならうちに来ればいいよと言いかけた10代目はすぐに考え直したように、あ、ビアンキ・・と首をふるふると振ってやっぱり今日はダメだねと鞄を肩に掛けなおした。
教科書の膨らみで案外重そうなので再度持たせて欲しいというのは頑なに断られてしまう。
そのくらいのこと頼ってくださればいいのにとオレは思うけれど、10代目からすれば”そのくらいのこと”自分でできるから、ということらしい。
ブランコで遊んでいた一組の親子連れがプラスティックのバケツを提げて帰ってしまうと公園にいるのはオレと10代目だけになった。
誰かが忘れていった青い玩具のスコップを横にずらして10代目と並んでベンチに腰掛ける。
ランボもすぐこういうの忘れてきちゃうんだよね、と10代目はスコップの砂を払ってニコニコされている。
10代目は普段オレのことを思い出すことはあるのだろうか、そうだとしたらどんな顔をされているんだろうか。
「それでさ、さっきの話なんだけどね?」
急いで思考を戻して10代目に向き直れば、やはりいつもの仕方ないなあという表情で首を振って先を続けた。
「おれ、割とよく獄寺くんのこと女の子たちにきかれるんだよ。どこに住んでるのかとか家族構成とか好きな色とか食べ物とか」
まさにテンプレートなインタビューだ。
「あ、獄寺くんだけじゃなくてね、山本のこともよくきかれるんだよね。ほら、ファンクラブっていうの?色々気になるみたいでさ。で、女の子たちさ、間違ったこと教えたら教えたで怒られそうだし。本人にきいてって頼んでるんだけど」
「間違ってることでもなんでも本人が言わなきゃわかんないんですからテキトーに答えておいてもいいっすよ、んなの」
他人を経由して得ようとする情報を鵜呑みにするほうが間抜けなだけだ。それで10代目の信用が貶められるなら勘違い甚だしい。
「野球バカなんてグラウンドにボールと住んでて好きな食べ物は寿司、とかそんなんでいいじゃないっすか」
オレの言い分に納得いかないだろう10代目に冗談めかした声色で訴える。
さっき渡した缶ジュースの水滴を弾きながら10代目は不満そうに、けれどちょっぴり楽しそうにダメだろそれはとオレを嗜めた。
「だって獄寺くん、好きな食べ物はブドウキャンディ、趣味は糸巻きでときどきオネショしますなんて言われたらイヤだろ?」
「イヤって・・・それアホ牛のことじゃないっすか・・・。でもまあ、そうですね、10代目がそれでいいと思われるならそのようにしておいてくれて構わないです」
実際のところ10代目はオレをどんなふうに考えているのかと改めて知りたくなった。
ファイリングがそれほど重要なこととは思わないが10代目はオレについての瑣末な事柄をどう感じていらっしゃるのだろうか。
「それでいいわけないじゃん。獄寺くんの好きな色とか食べ物とか趣味とか、おれが勝手に決めて広めてもいいってことだろ?そんなの絶対おかしいよ。それとも獄寺くんはおれがその、ボンゴレのじゅ、じゅうだいめだからおれが白いものでも黒と言ったら従いますってそういうつもりで言ってるの?」
花壇のサルビアが映ったかのような朱がその瞳に見え隠れしてオレの背筋をビリビリさせる。
そうだと頷いたら殴られるのかもしれない、口も利いてもらえないかもしれないそんな気配を纏う10代目に返すべきなのは当然謝罪でもないはずだ。
わかっているのに自然赦しを請うように頭を下げてしまう。
「申し訳ありません・・。そういうつもりでは・・なかったです。ボンゴレは今の話には無関係です」
この場合ほんとうにボンゴレとは関係なくただオレの意思だった。
けれど気持ちの片隅では10代目がおっしゃるなら白いものも黒いと言ってしまいたいあなたが信じるものをオレは信じていくのだという相反する思いが沸々と煮えていた。
そして10代目がそんな気持ちを喜ばれないというのならそれをこのまましまっておけばいい、結局それは白いものを黒いといっていることに他ならないのだろうが。
「獄寺くん、ごめん。おれ、普通に獄寺くんのこときいてみたい気持ちもあったんだよ。獄寺くんは割といつもおれの側にいてくれて。だからみんなもおれが獄寺くんのこと知ってるだろうって質問してくるんだと思うんだよね。でもおれどのくらい獄寺くんのこと知ってるかって考えたらなんか急に不安になったっていうか。身長体重とか誕生日とかそういうので全部わかったつもりになるほうがどうかしてるっていうのも思うけど。教えてもらったらたぶんもっと君に近づける、みんなもそういうので君の事知りたがるんじゃないかなあ」
棘のない浸み込むような10代目の声音。
透明でまっすぐなその声は遠慮深げにオレの隣を震わせている。
「でさ、獄寺くんさ、すきなひとっていたりする?なんていうか女の子たちに一番しつこくきかれるのもその辺なんだけど・・あとね、獄寺くん怒りそうだけどおれと獄寺くんが、その、あれだ、なんかツキアッテルとかいう噂もあってさ」
はー、と深呼吸がひとつきこえてベンチの上に膝を抱えて申し訳なさそうなかんじの10代目がオレを見た。
「10代目は知りたいですか?」
10代目もオレのこと知ってもっと近づいてみたいってそう思われるんですか?正直なところオレは女共に色々知ってもらいたいと思いませんし、たとえば10代目が決めてくださるならその情報を奴等にくれてやっても気にしない、また同じことを繰り返しそうになるのを寸前で留めてオレも10代目に訊きたかったことを問う。
本当に伝えてもいいんですか?
若干身を乗り出して10代目の顔を覗き込むように訊き返すと10代目は束の間目を伏せた後にしっかりとオレの方をみてゆっくりと一文字を確かめるみたいに口にした。
「知りたい。おれはちゃんと君のこと、知りたいって思う」
伝えたい、オレは10代目には知って欲しい。オレの事を全部伝えてしまいたい。胸の奥から押し上げるように感情の波がオレを攫いオレの中からこぼれておちていく。
10代目の笑顔がすきです、10代目の瞳の色がすきです、10代目のあわてた声がすきです、10代目の・・・10だいめが・・!
「獄寺くん、どうして泣いて・・・る・・」
声にならなかった言の葉はそのまま10代目の唇に押し当てるようにしてその熱だけが増していく。
いつまでも取り出すことのできないまま歪な結晶になってオレの中に育ったそれはほんの僅かに触れる初めて知る10代目の温度に柔らかさにあっという間に溶かされていく。
そのまま離れるのが惜しくてけれどもっとその感触を確かめてみたい。10代目を知りたい。
「・・獄寺くん・・」
明らかに戸惑った素振りでそれなのに心配するかのように10代目の震える指先はやんわりとオレの目尻を拭う。
「じゅ、だいめ、伝わりましたか?10代目の知りたかったこと、お伝えできたかはわかんねえですけど。オレ、こんなオレのことは10代目以外に知ってて欲しくないです」
ぽたぽたと塩辛い雫があとからあとから頬を伝うのを止めるすべもなく10代目をまた困らせているだろうこともわかっているのに何故かそれが苦ではなかった。
10代目は怒ったような泣きそうなようななんともいいようのない表情でしばらくオレをみていたが口の端をぐっと伸ばすようにしてからオレを睨むと短くきっぱりと言った。
「困るよ。おれ、困るよ!獄寺くん」
最初からわかっていたことだから今更ショックは受けないもののそれでも10代目には申し訳ないことをしたのだと思うと予想以上に苦しくなる。
意味がないと知りつつ土下座をしようと立ち上がりかけたところを10代目に腕を引かれその大きな瞳が近づいて閉じられさっき覚えたばかりのその熱が10代目によって灯された。
オレは何が起きたのか考えることも出来ず中途半端な姿勢のまま固まっていた。
ほんの一瞬掠めていったその唇から大きく息が吐き出され顔全体を真っ赤に染めて投げ出すような10代目の声をきく。
「困るだろ?ねえ、獄寺くん、なんにも言わないでこんなのって困るだろ?」
「ちゃんと言ったら困りませんか?言ってもいいですか?」
収まりそうにない10代目の耳の赤さにオレは伝えてもいいのだと知る。
そっとその耳元に口を寄せずっといえなかったその言葉を10代目がもうそのぐらいにして欲しいと両手で塞ぐまで注ぎ込んだ。
「10代目、オレにも教えてくださいますか?たとえば10代目のすきなひととか」
調子に乗ったオレをベンチの端に押しやって10代目はすっかり温くなっているだろう缶ジュースを振ってプルリングを引いている。
オレも倣ってコーヒーを手にしたところで10代目の悲痛な叫びと共に炭酸のスプラッシュが降りかかった。
ごめんね、とかはんかち、などと叫ぶ10代目を抱きしめながら、これもシャンパンシャワーというか勝利のビールかけみたいなものだろうかと叱られるの承知で笑った。
しゅわしゅわと炭酸のようにはじける気持ちも今ならそのまま10代目に伝わると思う。
「おれね、獄寺くんと一緒にだったら困ってもいいんだ」
甘ったるい匂いの制服がシミになるのは困るんだけど、と家路を急ぐ10代目はオレの大好きな笑顔でふわりとそう言ってくれた。
FIN
「空色ラジオ」かつきさん主催の獄ツナ祭り企画に参加させて頂いたものを修正再録。
挿画は「M1911」の伊部隆良さんから頂きました。無理を言って強奪した大きいサイズはこちらから
かつきさん、伊部さん、お祭りに関わってくださった皆様ありがとうございます。