■嘘の森 1




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口でなら何とでも言えるよ。
救いの手を信じることもできず、自分の心を宥めるため、諦めさせるためにそう嘯いてたったひとり、たてこもる。


***


「誰がなんといおうと、ボンゴレ10代目ボスは、あなたっすから!」


せっかくの休み時間は、相変わらずのマフィアごっこに費やされようとしていた。
教室中の喧騒が、なんとなくこちらを注目しているのを感じる。
真顔で主張する獄寺から顔を背けた。


「オレ、無理だから。ボスはほかに向いてるひといるから」


それに、オレもう戦いとか懲り懲りだし。
ぼそぼそと付け加える綱吉の言葉が終わる前に、獄寺は机にばんと手を置いて、身を乗り出してきた。


「とんでもないです!あなた以外に仕える気はないっすよオレ」
「わかんないだろ、あ、いや、仕えるとか…!」
「そんなことはありません。いまここで、証をたてます」


マフィアのボスの右腕になりたいという、現実離れした獄寺の夢に、また、心ならずも巻き込まれていく。
そして、形も色もない、その偶像と常に嬉しそうに寄り添う、そんな獄寺にいつも腹を立てている。
なのにいつもいつも彼は、綱吉のその苛立ちすら、自分の色で解釈する。


座りの悪い机はがたんと揺れる。
綱吉自身の頬杖も、ずるりと滑って思わず見上げる羽目になった。
強いまなざしに見据えられる。


「例えば、10代目は男、オレも男ですが」
「は?」
「それでもあなたの全てを受け入れられると」
「なっ?!」


いつの間にか肩に置かれた手で、引き寄せられそうになる。
透けるような白い肌と、求めるように半びらきになった薄い唇。


「!」


慌てて身をよじって、その手を外した。


「なにすんだよ!」


教室中の好奇の視線を集中的に浴びている。
その半分は、綱吉のことも対象としていた。
冗談じゃない、オレはこっち側の人間なんだぞ、と思った。
一瞬だけ睨みかえした、灰緑の瞳が見開かれているのを、もう確かめる勇気もない。
椅子を蹴って立ち上がったところで、次の授業のチャイムが鳴った。


***


ふとした瞬間に、怖くなって押し戻したはずの光景がまた迫ってくる。そんな白昼夢を両手で必死に振り払った綱吉の、手と足はぴたりと止まる。
誰もいないと思った教室の奥から視線を感じて、目を伏せた。


「おつかれさまです、10代目。…どうしました?」
「べ、別に…もうみんな帰ったかと思ってたから」


体が逃げかけている。
そのことに気づいたように、声は少し柔らかくなった。


「すみません。…帰る支度なさっては?」


確かにこのまま逃げるわけに行かなかった。
自分を叱りつけるようにして、ゆっくりと教室に足を踏み入れる。
木の床に薄く伸びたひなたの席まで、俯いて歩いた。


急に吹き込んだ風で、日に焼けて色の変わったカーテンがこちらに手を伸ばす。
吃驚して足を止めると、すぐにその風の襞は手繰られるように窓際に戻っていった。
人影も、呑み込まれたかのように足だけ残してカーテンの向こうに消えた。
お互いの姿が見えなくなると、また、ひとりぼっちになってしまった、と思った。


「オレのつらなんか、もうみたくないですよね。隠れてますから、お顔上げて、どうぞ」


そのおかしな発想は、彼自身の姉に対するトラウマの延長だろう。
綱吉は、獄寺ではないから、姿が見えなければいいとは別に、思わない。しかし、それを説明するほど口がうまくもない。
仕方なく、背中を向けて荷物をまとめた。


「支度おできになったら、どうぞ先に教室出てください…あなたの視界に入らないように、あとから行きますから」
「…それ、気持ち悪いよ」
「そっすか。じゃあ、誰か他の奴に護衛させましょう。オレは背後からそいつを監視しときますんで」
「…同じだろ!」


強く言うと、流石に沈黙する。
光の透けるカーテンの向こうを、綱吉は見つめた。


「…すみませんでした」
「…別に怒ってないよ、そんなこと」
「いえ、今日の…」
「あ…うん」
「オレが良くても、10代目はいやですよね。あなたを怖がらせるつもりはなかったんです」


怒っていないという、綱吉の言葉を信じてはいないのだろう。
微かにはためくカーテンの向こうの人影は、こちらに出てくる気配もなかった。


「ほんとに…したかった、の?」
「はい?」
「その、キ、キスを」
「えっもちろんです」
「そんなわけないだろ、男同士だよ?したくないのに我慢してするのが、マフィアの忠誠のアカシなんだろ?」
「そうか…浅はかでした。オレの考えることくらい、お見通しなんですね。確かに口実です」


綱吉は思わず笑った。目の前が暗くなるような気がした。
でも、自業自得だ。


「そうだよね、さっきは真剣な顔するから、危うく、」
「危うく?」
「と、とにかく、そんな口実につきあわせるのは、もう、やめてくれないかなって…マフィアじゃないオレに、そういうことする意味、ないんだから」


大丈夫、笑えている。多少ひきつっていたとしても、向うからは見えないはず。
カーテンの向こうで、獄寺は、小さなため息をついた。





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