■嘘の森 2




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「あなたは、ご自分の価値に、ほんとうに気づいていらっしゃらないんですか」
「…なんだよそれ」
「マフィアでなかったら、オレはあなたに触れる資格もないから」


休み時間、視界の縁に捉えた獄寺は、教室の反対のすみっこで、ふてくされたようにひとり、机の上に足を投げ出していた。
あからさまに機嫌の悪そうな不良をどうにかしろと、せっつくような視線を無数に感じたが、その誰一人として、獄寺にも綱吉にも好きこのんで話し掛ける勇気を持たないのだ。
綱吉は歯を食いしばるようにして、もう獄寺の方を見なかった。
何事もなかったかのように話し始めたら、また自分はなしくずしに受け入れてしまう。
これでも、まだましだ。
そのときは、そう思ったのだ。


結局さ、オレたちは違う世界に住んでるんだ。


その姿が近くにある、それだけで。
その姿が消えてしまう、その理由が、獄寺の意志ひとつに限定されているのなら、それだけで。


いつかそう、告げてやろうと思っていたのに。


「あなたが、騙されてくれたら良いと、思いました。何でも良い、あなたと繋がっていられる口実があれば」


窓際でそっと身を寄せると、カーテンを隔てて接した肩が、びくっと固くなる。さっきは、あんなに自信たっぷりだったくせに。


邪魔にたゆたう生地を持ち上げる。
床の少し上で揺れる生地は、捲っても捲っても小さな手からこぼれ落ちる。
いつまでたっても気づいてもらえない、他愛ない願いのように。


急に、向こうからもめくりあげている動作を感じる。
力を得た思いで勢いこんで差し入れた指は、今度こそ空を切った。
両手でカーテンを持ち上げて、綱吉はその下から這い込んだ。
ふたりの手で支えられていたカーテンの裾が、背中でたっぷりと落ちる。
急に落とされた直射日光に目が慣れないまま視線を少しあげると、すぐそばにわだかまる逆光の影は、ひとの形をしていて、恐らくこちらを伺っている。


「…今は、誰からもみえないよ。口実はマフィア以外じゃ、だめな、の?」
「…いいんですか」
「…騙されるのは、いやだよ」


咎めるように言葉が零れると、しばし沈黙が落ちた。
開け放した窓から吹き込む風は少し冷たい。


「あなたのためになんでもできると言ったのは、ほんとうですよ」
「じゃあ、」




綱吉はぎゅっと目を閉じる。
誰も見てない。
怖くなんかない。
そう言い聞かせる。


キスしたいなんて、思ったこともなかった。
肩を乱暴につかむ手も怖かった。
ホモだと笑われるのも心外だった。
でも、お互いに嘘ばかりついている毎日を、もう続けられない。新しい、口実を、その存在を近くに感じていられるための、それが手に入るなら。


待っても、肩は軽いままだった。
ただ、気配だけが近づいて、微風のように口元をかする。
それだけだった。
すぐに離された唇が、途端にぼうっと熱くなる。


吹きこんできた風から守るように、揺れるカーテンがふたりの背にまとわりついた。


「…あなたがボスにならなくても、オレの気持ちは変わりません。でも、それでマフィアが争いをやめるわけではありませんよ」
「ずるいよ、聞こえてたの?」
「オレこそ、騙されていたんでしょうか、10代目」
「人聞き悪いな」


ほてってたまらない唇を嘗めて、綱吉はうつむく。


「痛いですか?消毒しますよ」


またそんな口実を、そう言いかけた唇は、塞がれる。
今度は幾分強く肩を引き寄せられる、その何を怯えていたのだろうと、ぼんやり思う。
吸いつくような唇から、さらなる熱が全身をめぐっていく。


***


告げるべき言葉が何か、あったような気がするのだけど。
柔らかな嘘をかき分けてかき分けて背後にそれは消えて行って、でも探しものは既に燃え尽きて灰になったかのように、もうなにも思い出せない。





20080524、0531 ★presented by toto

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