「アレンジメントパレット」~ビビッドレッドをかさねて~
あー、一人で突っ走っちゃったなぁ…
ツナは一日中、ため息とともに反省、そして自己嫌悪と悶々した気持ちを抱えていた。話し合って分かり合おう、そうありたいと強く願っていたばかりなのに、結果的には自分の考えばかりを性急に押し付けたんじゃないだろうか。そう思うと、ますます居た堪れなくなり、授業中は教師に注意されてばかりだった。
そして、じりじりと待つようにして迎えた放課後。ようやっと獄寺の気持ちを聞けるという段になったのに、いざとなると妙な緊張に襲われる。いかにも真面目に思いつめちゃってます…!というのが獄寺の顔中にあらわれているのだ。喉が小さく鳴った。
「あのっ朝のことなんですけど…!色々、考えてみました」
こうして獄寺が話を切り出してきたのは、学校が終わって一緒に帰る道すがらのことだった。立ち話もなんだったので、二人は近くの公園のベンチに腰掛けている。
向こうの迫力に気圧されて、ツナはぎこちなく頷くしかできなかったが、それを了承の合図ととった獄寺は、ゆっくり話し出した。
「一年のお祝いってスゲー素晴らしいって思いました。もちろんオレも、そのつもりです」
「そっか、よかった…!じゃあ」
やっぱりお祝い事は一年ごとにしよう。そう続けようとした言葉はやけに強い眼差しに遮られた。ついでにベンチの上に投げ出されていた片手をとられ、あっけにとられたツナが何事かと思う間もなく、それは強く握りしめられた。
「でも、二ヶ月目もやろうと思うんです…つーか何ヶ月たってもやります…!いや、させてください…!」
「えっと、あの…獄寺君?!」
これは一体なんだ。白昼堂々、いきなり手を握られるなんて思ってもみない。手のひらは熱いし顔まで熱くなってくる。二ヶ月目云々の話まで遠くなりそうになってツナは少し焦った。冷静さを取り戻すため小さく深呼吸して、獄寺の手にあらためて目を落とす。必死に握りしめてくる、ひとまわり大きい手。
本当に何を考えているんだろう。決意に満ちた視線が否応なく視界に入ってきて、まじまじと傍らの人の顔をみつめた。ちょっとだけマズイなと思った。本気の、切羽詰っている目だ。
マズイと思うのは獄寺に対してではなく、自分に対してだった。獄寺の想いに全部応えられるようにありたいと思えば思うほど、自信なんて小さく小さくしぼんでしまうのだ。
それでも、獄寺と付き合ってるのだから。手に込めた力の分だけ確かな理由があるに違いないのだから。自分を叱咤しながらツナは恐る恐る尋ねてみる。
「それは…なんか、理由とか…あるの?」
獄寺は目を伏せ、僅かに躊躇うような仕草をみせた。言葉は自嘲気味に呟かれる。
「10代目は…おかしいと思うかもしれません…いえ、おかしいと思ったっていいんです」
「そんな風には思わないよ」
どんなことでも受けとめるから何でも話してほしい。それが、この話し合いの一番の趣旨だ。必死に握りしめてくる手を負けじとぎゅっと握り返す。ささやかな決意の証で。すると獄寺は反射的に顔をあげ、繋がれた手をじっと見つめた。口からは不思議な言葉が零れた。
「跡を…つけていきたいんです」
*
獄寺は一度取った手を大事そうに包み込みながらも、一旦、ツナの膝の上に戻した。
離れていく手のひらにホッとしたものの、ツナは少しだけ、もの足りなさも感じていた。ちょっと前なら、ただ恥ずかしいだけだったのに、随分、落ち着いて獄寺を受け入れられている自分に気づく。
この調子なら大丈夫だ。自分に言い聞かせながら、静かに次の言葉を待った。
「本当は、いまだに信じられないんです。貴方が好きって気持ちをわかってもらえて、しかも、10代目からも特別な気持ちをもらえてる」
その眉間には深い皺が刻まれている。こちらが無理矢理伸ばしてやりたいくらいの深さは、少しツナを不安にさせた。
「そしたら、ずっとこの時間を大事にしたくなっちまって、足跡を残すっつーか…」
「足跡?」
「その…記念日を迎えるたびにここまで来れたんだなってのを実感したいっていうか……一ヶ月とか、二ヶ月とか、ほんと取るに足らない時間なんですけど」
そこで獄寺は一旦言葉を切った。「あー」とか「うー」とか口ごもりながら、地面に目を落としベンチの下に並んだ二人分の靴をじっと見つめた。何の変哲も無い汚れたシューズは地面をぐりぐり擦る。
よっぽど言い表しにくいのだろか。でも、気持ちは伝わってきたし、あまりに、もどかしそうなので、ツナは思わず、わかったよ、と言いかけていた。
が、突然、獄寺が立ち上がった。なにかを噛みしめるかのようにギュウっと目を閉じ、ついには、わしゃわしゃっと髪を掻きむしりはじめた。
「つまりっ、記念日のたびに幸せをめいっぱい味わったら、この時間の積み重ねがずっとずっと先までのびていくような気がしたっつーか、あーもうなんていったらいいのか…!」
「獄寺君っ!わかった…!わかったから…!」
とりあえず落ち着かせるため獄寺をベンチに座らせる。ぼろいベンチは小気味よくきしんで二人の体重を受けとめた。色素の薄い瞳が返答を探るように注がれてきたけれど、もう怯むことはない。獄寺がしどろもどろになって苦労している最中、本当は、なんとなくわかりかけていた。
記念日ってイベントを楽しむものだけじゃなくて、ちょっと立ち止まって一緒に居た時間を思い出して、そして、これから先の時間に向かって色んな計画をたてて―――
頭の中で繰り返される言葉。時間の積み重ね、記念の日、足跡。耳を傾けるたびに、獄寺は本当にすごいと思えた。そんだけ大事に想ってくれている獄寺にありがとうを言いたくなっていた。
「オレも時間の積み重ねがいっぱいになったらすごく嬉しい。だから、二ヶ月目の記念日を大事にする。三ヶ月目も四ヶ月目も、その先も、ずっとずっと大事にするよ」
「ほんとですか…?」
朝から不安に思っていた気持ちが嘘みたいに晴れてホッとして、顔が勝手に笑い出している。張り詰めた糸が切れたかのように全身の力が抜けていく。それは、どうやら獄寺も一緒のようで、眉間の皺がすっかり消えていた。
「じゃあ、あらためて。10代目、二ヶ月目もオレと一緒にすごしてください。ずっと一緒にいれなくても我儘言いませんから」
穏やかな笑顔とともに切り出された申し出。力強く頷きながら、ツナはずっと一緒にいたいと我儘言うのは自分のほうかもしれないと思った。
こうして、すこし先の約束が取り交わされて、緩んだ顔のままで帰ったツナは、兄貴分にさんざんからかわれ、家庭教師にはみっちりしごかれたのだが、それでも、やっぱり胸の奥の温かい気持ちが消えることはなかった。
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