「アレンジメントパレット」~まじりあうピンクとブルーに~






一時間目の授業が始まって、あまり真面目に取る気のないノートに今日の日付を入れる。日に日に秋の深まりをみせる十月の最後の週だった。


身の入らない授業は置いておいて、ツナは真っ白のノートの中に先週の出来事を思いだす。








「一ヶ月の記念ですっ!」



それは、付き合い始めてちょうど一ヶ月がたった朝のこと。出会うなり開口一番、獄寺が言い放った言葉だ。期待と不安に頬を染めながら、そんなことを嬉々と言い放ち、自分のためにあれやこれやと尽くしてくれた日の記憶はまだ新しい。


一ヶ月の記念――それは、沢田綱吉が獄寺隼人と友情を越えた交際というものを始めてちょうど一ヶ月がたちました、という時間の経過を祝したものにすぎない。


しかし、恋人同士にとって、これはある意味、一大事だ。


よくある話をひとつあげると、たとえば、付き合い始めの恋人たちが想いの通じ合った日付を覚えている。そして、毎月のカレンダーが変わるたび、付き合った記念日に当たる日を「嬉しいね、幸せだね、これからもよろしくね」とその甘さを存分に味わう。それが一ヶ月記念とか半年記念とか、果てには一周年、十周年とかになって巡り巡る。いわゆる蜜月期が長い恋人たちの恒例行事と言っても差し支えないだろう。




ツナとて、この30数日間、獄寺と仲良く過ごしてこれたのは嬉しかった。思い出すだけで顔が赤くなって恥ずかしくて「わーわー」と大声を上げて誤魔化してしまうくらいだ。二人の仲をからかわれようものなら獄寺に負けないほど過剰反応してしまうに違いない。なにせ、今までの曖昧な関係にピンク色のインクで「恋人」の二文字が書き足されたのだ。二人をとりまく空気は少しづつ変わりはじめている。


獄寺は、こちらを窺うようにもじもじと照れつつ、以前なら絶対できなかったちょっかいを出すようになってきた。時に、腕をわざとらしく触って――いや、微妙な力加減をくわえて撫でまわして、こちらの注意を惹いた。ある時は、誰も見ていない一瞬の隙をつき、指先をツナの頬に添えて熱っぽく視線を奪った。


猪突猛進の人物にしては、どこか控えめなアプローチだったが、こっちにしてみたらいじらしく思えたし――とにかく、友達の域を越えたスキンシップはツナの心の一番むずがゆいところを優しくくすぐりつづけた。






そうして先週。あっという間に迎えた一ヶ月記念の日。正直、ツナは獄寺がここまでするとは思っていなかった。むしろ、付き合いはじめて一ヶ月たつということさえ忘れかけていた。しかし、獄寺によって、その日が特別なことをまざまざと思い知らされた。


まず、登校のために玄関をあけると、いきなり目の前に真っ赤な薔薇たちが突進してきた。一歩引いて冷静に見てみると、それは、気合たっぷりの獄寺がでっかい薔薇の花束をさしだしているという状況で、ツナは朝一からベタベタで情熱的な記念品を贈られた。


さらには放課後、獄寺の部屋にお呼ばれしたツナは、そこに、ちょっとした高級レストランを見た。橙色のムーディなランプが灯る室内は庶民のそれとは一線を画した造り。白いテーブルクロス、その上にはイタリアンと思しきのディナー、洒落たシャンパングラスにキャンドル、薔薇の一輪挿しまで…!


あれには何とリアクションしていいかわからなくて、ただただ驚くばかり。女の子だったらまるで夢をみているような、いや、男の自分にとっても夢みたいな空間。大人の雰囲気が気恥ずかしかったものの初々しい甘い空気が勝って、その日は思い出すだけで嬉し恥ずかし、こっ恥ずかしい特別な一日となった。


はっきり言って、こんなに特別なのは自分だけなのだと思い知らされるのは、とんでもなく嬉しい。みんなに見せびらかして自慢したくもあり、誰にも知られないように独占していたくもある。






でも、それでもだ。何日かして、ふわふわの気持ちが落ち着いてきたツナには少しだけ引っかりが見えた。すごく嬉しかったのに少しだけ引っかかることを思い出したのだ。


まず、記念日の前々から獄寺は寝不足気味のようだった。今にして思い返してみたら、それはあの日のために準備をしていたせいではないのか。


それに獄寺のことだ、次回も張り切って何かしらするに違いない。一生懸命に気持ちをこめて、それでもって暴走しがちで、次は何が飛び出すか全く予想できない。小市民ゆえに、ツナはついつい心配になってしまった。くわえて、獄寺一人が演出を考え用意をして自分はそれに応えるだけというのも、どうかと思う。


他にも、いきなり全力で飛ばしたら後でネタ切れするんじゃないか。そうなったら何をするか悩みすぎたり、挙句の果てに落ち込んでしまうのではないか。差し迫る記念日に追いかけられて、他のことが見えなくなってしまったらどうしよう。それが原因で二人の仲がギクシャクしだしたら。


杞憂だとわかっていても、もしかしたらと付きまとう不安。考え出したら芋づる式に心配がゴロゴロでてきた。


ツナだって二人がこれまで歩んできた時間の長さを大事に思う。でも、別に特別なことがなくたって二人でいられれば、十分すぎるほど満足だとも思う。なにせ、自分ときたら獄寺からあたえられる些細な刺激でいつだって飽和寸前―――






ここまで考えたところで、ツナは顔をあげた。もはや使う気のないシャーペンをカチカチと押して、出たのは芯ではなくため息だ。考えれば考えるほど、わからなくなる。


わかることといえば、とにかく獄寺なら来月も再来月もそのさきまでずっと、何かしら特別な催しをするに違いないということ。そして、それが心配になった自分。


すこしブレーキをかけるだけなら許されるだろうか。前もって、これからの記念日云々決め事をつくる。獄寺が無理をしなくて、自分も安心できるそんな決め事。でも、どうしたらいいわけ?






こうして、ツナは、初めての恋人ができて早速、二人の特別な記念日をどうするかという、傍から見てれば只の惚気にしか見えない問題について直面することになった。

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