「アレンジメントパレット」~金ぴかの助け船は~
勉強しに行ったというよりは、獄寺のことばかり考えて過ごした学校が終わり下校時間となった。
毎日、送り迎えを欠かさない獄寺とゆっくりと家路につくため、最近、ツナの帰りは前にもまして遅い。それに関して、リボーンに小言を言われることはあったが、まだ、母親から咎められたことはない。だから、獄寺と名残惜しく家の前で別れ、玄関に入った途端、母の「遅かったじゃない~」の声が聞こえた途端、ツナは思い切り肩をすくませた。ついに母からも二人で過ごす時間にブレーキがかけられるのかと。
しかし、それはリビングに続くドアからひょっこりと顔を覗かせた人物によって杞憂だったと知らされた。
「よっ!ツナ、ひさしぶりだな」
ニッと豪快で、かつ、女の子だったら卒倒しそうなまでに爽やかな笑みを浮かべているのは、キャバッローネ・ファミリーのボスにしてツナの兄貴分とも言えるディーノ、その人だ。
「ディーノさん!こっちに来てたんですか?!」
「まあな」
ツナが驚きと歓喜の入り混じった様子でリビングに向かうと、困ったような笑顔の奈々が「そうよー、ツッ君のことずっと待ってたのよ」と迎え入れ、ディーノには「ごめんなさいね」とひと声かける。別に、いつも帰りが遅いことを怒っているわけではなかったので、小さく安堵の吐息を漏らし、改めてディーノに向き直った。
「ディーノさんも夕飯はうちで食べていきますよね」
「ああ、せっかくだから、そのつもりで来たぜ」
まわりに部下の皆さんの姿が見えなかったから食卓はちょっとした騒ぎが予想された。でも、その賑やかさが純粋に楽しみだ。
イタリアマフィアの、しかもボスという肩書きがあるとはいえディーノは懐が深くて魅力的な好人物だ。奇妙なボス体質のことを差し引いても話していて楽しいし、一緒にいると不思議と安心感がもてる。歳の離れたお兄さんがいたらこんな感じがいいなとこっそり思うほどツナの憧れの人。それに、しょっちゅう日本に居るわけではないし居たら居たで忙しい身なので、一緒に過ごせる時間はなかなか貴重だ。
「夕飯まで時間がかかりそうだから、待っててちょうだい」
そう言い残しエプロン姿の母は腕まくりをしながらキッチンへ戻っていく。その後ろ姿に「じゃあ、ディーノさんと二階にいってる」と声をかけて、二人は軽く近況を報告しながら、部屋へと向かった。
部屋のドアを開けた途端、誰も居ない事は即座にわかったが、来客をもてなすにはあんまりな惨状にツナは思わず頭をかかえる。
「わ、散らかってますよね、すみません」
が、ツナの心配はいざ知らず、勝手知ったる部屋ということで、ディーノは気にすることなく適当なクッションに座っている。
「いいっていいって、いつものことだろ?」
返す言葉もありませんと苦笑のツナだ。同時に、どこか楽しげで度量の広い兄貴分が相変わらず元気そうなことにホッとしている。とりあえず、もそもそと制服から着替え始め、ディーノは、それを何となく眺めながら唐突に切り出した。
「なぁ、ツナ、恋人できたか?」
「な゛っ!なっ、なんですかいきなり…!」
もちろん、いきなり身の回りであった最近のニュース・ベスト1に輝く話題をつかれて平静ではいられない。思わず脱ぎかけたシャツを首元にかき集め、ツナはそのまま固まってしまう。
まさか、まさか、自分では気づかないところにキスマークなんて残されたりしてないよな。ビクビクは治まらない。しかし、過剰反応したらますます勘ぐられる。落ち着こうと言い聞かせてみるが心拍数は言うことをきかない。いっそ知らないふりをしていたい。でも、勝手に赤くなる顔をなんて説明したらいい?
表面にあらわれた動揺をどうすることもできず返答に困るうちに、何を確信したのか、ディーノは意味ありげな笑みを浮かべた。
「やっぱりか。で、相手はどんな子だ?」
「あ、あいて…?」
「あいては獄寺君です」答えは実にシンプルだ。しかし、素直に言っていいものかどうか。周りの人にどこまで獄寺との仲をうちあけるべきか。
それは、ツナにとって解決していない命題のひとつである。なんでもお見通しのリボーンにはバレてしまってるし、諦めもついている。でも、ディーノさんには、どうしよう、反対されたら怖いけれど微妙な嘘をつくのも心苦しい。
思案を重ね着替える手をガチッとフリーズさせたままの様子を見かねてか、ディーノは追及の姿勢を崩した。
「なーんてな」
だが、ツナがホッと胸をなでおろしたのもつかの間。
「知ってるぜ、オマエ、獄寺と付き合い始めたんだってな」
「なーーーーっっっ!!」
沢田家に悲鳴が響き渡った。
*
「なんで!なんで知ってるんですかっ!?」
真っ赤になってパニックもいいところの少年を、まあ落ち着いて着替えてから話そうぜとなだめる兄貴分はさすが大人というか、しかし、目をグルグルさせて取り乱すツナが落ち着くには時間がたっぷり十五分もかかった。
自分の部屋なのにベッドの端っこに居心地悪そうに座るツナに、少々、大人気ない確かめ方をしてしまったか、ディーノは軽く頭をかく。しかし、日本に来た目的の半分は初々しい若人達の様子を探るためだったので、この話題を止める気はない。
「で、告白はどっちから?」
「わーわー!」
「落ち着けって。このことはオレとリボーンくらいしか知らねーし、オレとしては、ただ可愛い弟分が泣かされちゃいねーかどうか心配なだけだから」
「……ほんとですか?」
窺うように半眼のツナ。初心な奴を宥めすかして話を聞くのも大変だなとディーノは苦笑交じりに頷く。
「でも、別に泣かされたりしてないし…」
「だろうな」
もちろん獄寺がツナを泣かせていると本気で考えてはいない。しかし、獄寺の気持ちを一心に集めて、一人でフォローしていくのは大変だろう。ましてや、まだ子どもだ。
泣かされてないって思うのは勝手だけどな。思わずそんな本心を口にしそうになって、やめた。
二人より、いくらか長く生きてる分、ディーノには見えてしまうものがあった。今は平気でも、この先には色々ある。それだけに覚悟しておけと言っておきたい。忠告だけなら簡単だ。
しかし、結局は、こっちの道を選んだ。
「まあ、聞きたいことは山ほどあるんだが、それは置いといて…それより、悩みがあったらなんでも相談にのってやるぜ」
「なやみ…」
「ま、男同士ってのは専門外なんだけどな」
明るく茶化しながら生ぬるい役割に回ってしまう自分も、まだまだ甘ちゃんか。ディーノは心の中でちいさく嘆息をもらした。
一方、そんな年長者の思惑を知らないツナは、今、悩んでいることを話してしまおうかどうか迷っていた。そして、わかりやすい躊躇いにディーノが助け舟を出さないはずがなく――
かくして、付き合いたてホヤホヤの弟分のためにお悩み相談コーナーが始まった。付き合い始めて○ヶ月の記念日は普通はどうすごせばいいのか、はりきりすぎの獄寺が心配なこと、そして、自分は何をしてあげられるのか。
年下のガキからとんでもない惚気が来たと、さすがのディーノも怯んだが、その夜、リボーンにやめろと脅迫されるまで相談は続いたのだった。
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