「アレンジメントパレット」~ぐるぐる揺れる灰と茶で~






校門が目前に見えた。後にしても十分間に合うはずだった。しかし、このモヤモヤをこれ以上抱えてるのがつらい。まだ、昨日のディーノの言葉がひっかかっている。



自分たちがきちんと気持ちを伝え合えることを証明してやりたい。その一心で、ツナは珍しく積極的な行動に出た。



「獄寺君、ちょっと…」



校庭に足を踏み入れたところで、ツナは思い切って獄寺の手を引いた。



「ちょっと、話そう」



軽く触れた手から、かすかな緊張を肌で感じ取ったのか、獄寺の顔にも緊張がはしる。



「10代目…?」

「や、べつに心配するような話じゃないんだ」



やんわりと取り繕うと傍らの人は表情をやわらげたが、緊張を完全に取り払うことはかなわなかった。そして、とうの自分も微妙に緊張している。二人、妙にぎこちないまま玄関を素通りし人気のない校舎裏にまわった。







玄関の陰には、丁度、コンクリートの段差があってツナはそこに腰をかけた。獄寺にも座るように促す。朝のホームルームも差し迫り、生徒のざわめきが風に乗って届く。



「あのさ、獄寺君」



小さく声をかけただけなのに獄寺は大げさに畏まる。ガチガチな態度がモロに伝染して、こっちまで頭が真っ白になりそうだ。こんな状態が長引いたら、いつまでたっても話なんてできっこない。大きく一息ついてから一気に本題を切り出した。



「先月のさ、その一ヶ月記念日なんだけど、すっごく嬉しかったんだ」



傍らの人は一瞬拍子抜けして翡翠色の目をまん丸にした。それから、まるで花がほころんだように顔を輝かせる。



「本当ですか?!そう言っていただけてオレも嬉しいっス!来月も」

「その来月なんだけどさ!」



「来月」の単語に即座に神経が反応する。向こうのペースに飲み込まれまい。思わず、はしゃいだ声に被せていた。



「その、色々、考えてくれてるんだろうなーって思ってたんだけど…別に、なんかしなくてもさ、ただ二人で一緒にいるだけでもいいと思うんだ。てか、もしかしたら、そのうち、色々あってできない日もあるかもしれないし、だから…」



遠まわしにたくさんの言葉を遣ってみても、思ったより上手く説明できない。しどろもどろになりながら別の言い方を探す間に、獄寺の様子が180度激変していた。



「じゅうだいめ、オレ、そんなにウザかった、ですか…?」



声のトーンがずーんと落ちて、獄寺は みるみるうちにしぼんでいった。地面に頭がくっつきそうなくらい項垂れ、みているこっちが居た堪れないくらいに。俯いてしまったから表情は見えない。でも、まざまざと空気の色が変わった。



ウザイだなんて、それは全くの勘違いだ。早とちりだ。思わぬところでダメージを受け沈みだした様子をみて冷静でいられるツナではない。



「ちがうよ…!ウザくなんて無い…!」



ちがうんだ。そんな悲しい思いをさせたくて言ったんじゃない。



はっきり告げたあとになって、さっき言ったことを全部なしにしたくなった。向こうの早とちりとはいえ落胆させてしまった。自分の言葉が獄寺にどんな影響を及ぼすのか、事前にわかってたってよさそうなものなのに。



後悔するより先に、まずは誤解を解こうとすればするほど感情だけが先走って、「ちがうよ、本当にちがうよ、そういう意味じゃないんだ」必死になって焦れば焦るほど言葉が空気中で空回りしているみたいだ。



「オレは本当に嬉しかったよ」



最後の言葉は多分、ひゅるりと風のように力なく落ちた。ショックで落ち込みをかくせない獄寺の傍らに落ち、獄寺は目だけをあげて「本当に?でも、どうして?」と訊いている。



もっと違う言い方があったんじゃないか。記念日くらい獄寺君のしたいようにしてもらったってよかったんじゃないか。今さら、本当に今さら、色んな可能性がみえてくる。あれだけ考えたのにも関わらず、だ。



取り消したい。なによりも、獄寺の不安を取り消したい。





だから次の言葉は、その場の思いつきにも等しかった。



「ただ、特別なことは一年ごとにしよう。ほら、毎月お祭があるのは嬉しいけれど、なんってゆーか、楽しみはとっておくというか…」



俯き加減の顔をきちんと上げ、獄寺はツナの瞳をまっすぐに見つめてくる。不安げに揺れてるくせに、その真意をはかるかのように、まっすぐに見つめてくる。ツナもまっすぐに見つめ返す。その色の強さに負けないように、自分の気持ちが伝わるように。



「一年たったら、うんと特別な事して過ごそう」







「……獄寺君は、どう思う?」



「オレは…」



チャイムが鳴った。張り詰めていた空気がゆるむと同時に、思いつめていた獄寺の表情もゆるんだ。



「あの……また放課後に話していいっスか?」



「あ、うん、そうだね」



二人は、多少、ぎくしゃくした雰囲気を残しながらその場を後にし、ツナはその日も一日中、獄寺のことばかり考えて過ごすことになった。

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