「太陽を連れてくる人」
玄関から出たところで鼻先に冷たいものが落ちてくるのを感じた。
ぽつんぽつんと薄手のパーカーの色をかえていく。
タイミングがいいのか悪いのか、ちぇっ、雨かよーと一旦家に戻り立てかけてあった傘を手にしてコンビニを目指した。
このところ暖かくなってきて日が落ちるのもゆっくりになってきたけれど鈍色のどんよりとした雲を重ねた空は朽ちたアスファルトの行く手を重くしているような気がする。
今日発売の漫画週刊誌を買ってその足で卵と牛乳と小麦粉を買いに行かなくてはならないのだ。
全部コンビニで済ませたいと思うのに母親は銘柄を指定し、それにねえ、春野屋さんのほうが安くておいしいのよと主張するのだった。
めんどくさいなとうつ向き気味に歩いていると少し離れたところから耳馴染んだ声がする。
「10代目~!!」
ガードレールを跨ぐようにして乗り越えタタタっとこちらに向かって走ってくる。
「10代目、おでかけでしたか?」
銀色の髪を揺らして口の両端をあげ嬉しそうにしている。
「あ、獄寺くん。君もどこかいくとこ?」
「ええ、その、10代目のお宅に伺おうと思ってました」
「そっか、すれ違いにならなくて良かったね・・・と、傘、一緒に入る?狭いけど」
獄寺くんは片手に何か小さな箱を持っていたが傘はないみたいだった。
「えーと・・一緒、に、っすか?」
遠慮してるのか戸惑うように小さく小首を傾げてこちらをじっとみている。
「いや、別に無理にとは言わないけどさー。獄寺くん、荷物もあるみたいだし」
獄寺くんはついと荷物のないほうの手を伸ばして傘を持ち上げもういちどゆっくりと微笑んだ。
「で、どちらまでおでかけですか?」
「うん、コンビニ行ってあと買い物頼まれてるんだ」
「じゃあ、ご一緒しますね」
いつもより若干近い位置で寄り添うようにして歩いているのがなんだか新鮮だ。
獄寺くんは右腕たるもの、ってかんじに大概おれのちかくにはいるものの三歩下がって師の影踏まず?っていうのか、おれは別に師とかじゃないけどみっしり近くにってことは殆どないのだ。
傘の位置を直すためかあがった肘がコツリとおれの肩にあたって慌てて謝るのもそんな獄寺くんらしい。
ぺこりとお辞儀をしようとするのと一緒に傘がぼふりと頭を直撃する。
「申し訳ありません、ほんとに申し訳ないっす!!」
「大丈夫だって、気にしないで・・ってほら傘壊れるから!」
謝る獄寺くんをなだめつつ傘の安否を気遣っているところに間延びした声がまたおれを呼ぶ。
「さわだちゃ~~ん!ひさしっぶりぶりぶり大根。ねーねーなにやってんの?ゴクちゃんとふたりでまさかのアイアイガサってやつ?れんしゅう?練習なの?」
トマゾファミリー8代目の旗をこれみよがしに電柱裏から振る細長い人を背にした同級生でマフィアのロンシャンだ。
黒い革ジャンに安全ピンを大量につけ逆立った髪も賑やかにロンシャンがずずいと屈み込んで下から見上げてくる。
「練習って、別にそんなんじゃないよ。雨降ってて獄寺くん傘持ってなかったから。普通のことだろっ」
「そう?フツーなの?てっきりらぶらぶ予行練習かと思っちゃったよ。オレもアンタレスちゃんとアイアイガサしたいから練習混ぜてもらおうとかおもっちゃったりなんかしたりしちゃったヨ」
「もー、ロンシャンはいきなり本番でも平気だろ。あ、でもロンシャンも傘持ってないのか・・」
ロンシャンはしゃがんだままニコニコと両手でピースサインをしながら舌を出している。
「んー、練習混ぜてもらおうかとも思ったけどこれからオレデートだしね。実は。急いでたりするから練習はまた今度にするねー。雨降ってるときの本番ぽいときまた誘ってね~」
チャラリ、と腰のチェーンを鳴らしてロンシャンは商店街の薄闇に走っていった。
「雨降ってるときの本番?」
妙に無口な獄寺くんを置いて傘の外を改めてみやれば雨はなく雲の切れ目から細い夕焼けがのぞいていた。
おわり

「キシキシ」の千人さんからイメージイラスト頂きました。
心の隅から浸み込んでくるようなオレンジをありがとうございます。