『まだ歌えないセレナーデ』



昼過ぎから始めた宿題の問題集に肘をついたまま、ツナは獄寺のシャーペンの動きを眺めている。

グラフにいつの間にか点が打たれ線がひかれ、Xだのyだのが計算されていく。

「獄寺くん、蝉が凄いね~。喉痛くなんないのかな?」

「そうっスねー、奴等やかましすぎますよね。果たしますか?」

口元が笑っているので本気ではない。

獄寺くん、軽口もきけるようになったんだなぁと思いながらツナは「やめてよ!それし始めたら宿題、秋まで終わらないよ?」と笑いながら返した。

「ですね。並盛はあちこち蝉だらけですからね。」

「うん。獄寺くんちのベランダでリサイタルとかってジャイアン並みに強気だよ~」

「まぁアイツらも必死なんじゃないッスか?あと余計なことですが、蝉は腹あたりに共鳴器ってのがあってそれで音出してるんだったかと」

「うぇー。オレセミの観察とかさせられたこともあるのに。はずかし…」

「確か、種類によっては腹の殆どが空洞なのもいるらしいですよ。全身愛の楽器ってとこですかね」

ついと獄寺の左手がツナの頬に寄せられてツナはセミの声を瞬間忘れた。

「消しゴムのカス、ついてました」

「あ、うん…。ありがとう」

部屋の中にまたシャワシャワと夏の音が戻り、慌てた様にツナは問題集のページを捲った。

「ホント、セミ凄いや。そろそろ暗くなって来たのにさー。あれって好きだ~、とか叫んでるみたいなもんなんだよね?みんなで叫べば怖くない、なのかな~。」

シャーペンの動きを少し止め、獄寺がゆっくり立ち上がる。

「そうですね、みんなでっていうかみんながライバルなんじゃないっすか?あ、10代目も叫んでみたかったりするんですか?」

灰緑の瞳の奥にじわりと揺らぐような色を潜ませて獄寺はそのままベランダの引戸に手をかけた。

「ちょっと一服してきますね」

「あ、うん」

後ろ手に窓を閉め煙草の先に火をつける。


「いとしこいしとなくセミよりも鳴かぬホタルが身を焦がす…か」

ふぅーと溜息がわりの煙がひとすじたなびいて夕空にとけて消える。

手元では小さな熱が音もたてずにくすぶっていた。


fin






「山海文庫」の赤井さんから頂きました。
夏の午後のけだるくもどこか懐かしい空気と獄寺くんの言えないきもち。この絵をみたらそれでOKじゃないの?ってなります。ありがとうございます!