『春風乱舞』




休日の午後。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいテーブルの上のカップは既に3杯目を空にしていた。
そろそろ陽も落ちる。
カップの縁についた紅茶の染みを無意識のうちに指でなぞると獄寺くんの立ち上がる気配がした。

「お替わり、持ってきましょうか?それとも何か他の。ジュースとかがいいっすか?」

返事の代わりに緩々と首を振り必要もないのに窓の外に眼をやる。
言わなくてはと思っていた言葉はなくしてしまい遠くで吠える犬の鳴き声と一緒に叫びたい気持ちになる。伝えたいのはきっとそんなかんじのものだ。
でもやっぱり言うべきことは目の前から消えたりなどしなかった。
もう、帰らなくちゃ。

「じゅうだいめ」

獄寺くんの高くもなく低くもなくただまっすぐな音色はおれの鼓膜と身体のどこだかはわからないけど心臓に繋がってるような深くて柔らかいところを震わせた。

「じゅうだいめ」

そうだよ、もっと呼んでくれ。そのままその声をきいてたい。

眉尻を少し下げて微笑む口元に視線だけは強い光をもって獄寺くんはおれを呼ぶ。

「クイズ、やりませんか?」

唐突かとも思えるような提案はいつもの獄寺くんを思えば別に珍しいことじゃあない。
なにか面白い雑学本でも読んだのかもしれない。
ちょっとした折々に教えてくれるプチ知識はいつも身振り手振りと一緒におれを笑わせたり感心させたりして自分でも忘れていたような時に突然思い出されたりするのだった。

「うん、いいよ。それ難しいの?」
「そうですね、難しいかもしれませんし簡単すぎるかもしれません。10代目ならあっさり正解されちまうかもしれませんね。
・・・あの、クイズに正解なさったらオレ、10代目をおうちまでお送りしますから」

ああやっぱり君も気付いていたよね。そういうのにいつだって気を回すのが獄寺くんだもんな。
簡単なクイズにおれを正解させて楽しい気分にさせてそうして家まで送り届けようってことかな。
もしもおれがずっと答えられなかったら、そうしたら獄寺くんはどうするんだろう。

「うん、わかった。それじゃお手柔らかにね?」
「はい。それでは問題です」

獄寺くんは器用にウインクを決めて見せたかと思えば急に真顔になって背筋を伸ばし膝を揃えてからおれを見据えてなんだか厳かに言った。

「触れば触るほどほどかたくなって大きくなるものはなんでしょう?」

一緒になって揃えてしまった膝の上に置いた両手がちょっと広げられない感じに汗ばんだ。
暮れていく夕日の名残が獄寺くんの横顔をあかく染めている。
外側に跳ねた髪も小さく影を落とす睫毛もいつも見ている筈なのにおれの知らない色に溶けていて、クラスの女子が得意げに見せてくれた写真の中の獄寺くんみたいだ。

難問だ。それはかなりの難問なのじゃないだろうか。
ナンナノソレ、ドンナクイズナンデスカーと突っ込むことも忘れたまま隙間から僅かに覗く耳の形を息を潜めてみつめてしまう。

「じゅうだいめ?」

獄寺くんは、黙ったままのおれを促すように笑みを深めるとフっと喉の奥を鳴らした。
そして悪戯っぽく名前も知らない宝石みたいな瞳を細めておれの答えを待っている。
春の風が鼻先を抜けてだいぶ馴染んでしまった煙草の匂いを運んでいく。
思考の方向に質問への答えはなく、呆けたように獄寺くんの耳から肩のラインを辿りそのまま腕から指先に目線を移して黙ったまま深爪気味のそれを眺めていた。

「じゅうだいめ。・・・さわっても、いいですか?」

おれが良いともダメだとも言わないうちにさっきまで眺めていた手は肩に置かれて真正面に向き直される。
それからふわりと両腕を背中の後ろにまわされて緩やかに拘束された。
腕の中には微妙な隙間があってなんとなく足場の悪いビルの上に立たされているみたいな気分だ。
何故だか鼻の奥がツンとするし瞼の裏が熱い。どうしていいかもわからず自分の親指をぎゅっと握りしめるばかりだ。


「じゅうだいめ、もっとさわってもいいですか?」

だからさっきからいいとも悪いとも言ってないじゃないか。
抗議の声はやはり音になることはなく、無言を肯定としたのか回された腕は力を増しておれとの距離を縮めた。
位置をずらして更にその力はつよくなる。
首筋に揺れる獄寺くんの毛先がくすぐったくて身を捩ると両腕はそのままにぐいっと上半身が傾いで獄寺くんを下にして床に倒れこんだ。
ゆっくりと大きく息を吐いた獄寺くんにまた一層強く抱きしめられながら酸欠気味の頭でぐるぐる考える。


「じゅうだいめ、もっと、もっとさわってもいいですか?」


反転する景色。天井に星が瞬いてる。
だめだ、息、しなくちゃ。深呼吸、しなくちゃ。


「ぎ、ぎ、」
「ぎ?」
「ぎぶっ。ギブギブ!ギブだ、ごくれらくん・・」

思いのほかあっさり腕は緩められ、なんともいえない幸せそうな顔の獄寺くんがおれの前髪を撫でつけた。

「じゅーだいめ。さわればさわるほど貴方の傍にいるというオレの決意は固くなるし、貴方を大好きだという気持ちはどんどん大きくなるんですよ」


夕日はとっくにビルの向こうに隠れ、要らないといったはずの飲み物のお替わりをおれは要求し、夕飯に獄寺くんも連れて行くからと家に電話をかけ、リボーンにダメツナめ、と一言貰って。

「獄寺くん、おれも君をさわってもいい?」

勿論ですよと大きく腕を広げる君の頬を左右に引っ張りあげてすっかり気分の良くなったおれはビアンキ対策に考えを巡らせ「ひろいれす、じゅーらいめー」と涙目の獄寺くんに思いっきりダイブした。


FIN