「アレンジメントパレット」~一直線のシルバーを~









獄寺は、なぜツナが朝早く自室を訪れたのか訊かなかった。そこには「今日は特別の日だから、サプライズをくれたに違いない」という暗黙の了解があった。あとから、それって、おこがましかったかと一瞬悩んでしまうのだが、結局は正解だったから、それは置いといた。



しかし、ツナのほうでは、ちいさな疑問が残った。インターフォンを押していないのに、人が来たってわかるのだろうか。今日に限って勘が冴えわたっているなんてエスパーじみた理由では、到底、納得できそうにない。






「それにしても、よくわかったよなー。やたら反応早くてビックリした」



正直な感想を漏らすと、返ってくるのは案外単純な種明かしだった。



「窓からお姿が見えたもんで、もしやと思いスタンバってたんです…!でも、オレだってビックリしたんスよ!一瞬、夢かと思いました!」



「そっか、窓から…!にしてもこんな朝っぱらから、よく外なんか見てたね」



「ええ、まあ…!」



その辺の詳しい事情は笑顔で濁して、獄寺は部屋に上がるよう促した。しかし、ツナのほうは玄関に突っ立ったままだ。



自分みたいに目が冴えて起きてしまったのだろうか。いいや、なんとなくだけど、ちがう気がする。早起きというよりは、もっと別のうまく言い表せない何かがあるような、ないような―――






曖昧な疑問を埋めたくて、試しに、頭ひとつぶん高い位置にある目をじっと見てみる。すると獄寺は、なぜか自分がこれから叱られる子であるかの如くフリーズし、非常に気まずげな様子をみせた。目をそらそうとして何度も失敗し、その場を取り繕おうと硬い笑顔を作っている。



そうしているうちに、ついに、ひとつの証拠を見つけてしまった。







そっと手をのばして、人差し指の腹で目の下を軽くなぞる。淡い色をした瞳はすばやく目蓋の向こう側に隠れた。



「クマできてる」





色素の薄い肌ゆえに、かろうじて気づけた目の下のくすみ。指が離れたと同時に、おそるおそる目を開けた獄寺は、「あっちゃー」といったふうに片手で額を覆った。



近頃、最愛の人は自分の不健康な生活を気にするようになっている。口には出さずとも真っ直ぐな目が心配を訴えているのだ。だから、昨夜、眠れなかったのを気取られたくなかったわけなのだが―――



気づかれた以上、説明しないわけにもいかない。



「その、寝られなかったといえば、寝られなかったといいますか…」





そうか。このひと昨日寝られなかったのか。だから、朝になっちゃったなーなんて窓の外を見て、オレを見つけたのか。



合点がいって一安心もつかの間。今度は歯切れの悪い口調が気になった。なにかしら言いにくいことがあるとき、獄寺は大抵こうなる。また、なにか思いつめちゃっているのだろうか。



「…考え事?」



内心ヒヤヒヤしながら尋ねると、獄寺は観念したのか、ため息混じりに白状しはじめた。



「折角の一周年の記念ですから、そろそろコレを、と思ったんスけど…」



なんと獄寺はポケットから二つの指輪を取り出した。初めて見る指輪、少しだけ違う大きさで同じデザイン。手のひらの上に無造作に転がせているそれは、シンプルで銀色でピカピカしている。間違いようもなくペアリングだ。






二人のペアリング。定番中の定番なのに、ツナの目は銀色から離れなくなってしまった。異様に嬉しいのはどうしてだ。きっと、肌身離さず大切にして、指輪を見るたびに贈り主を思い出して、今日の日を思い出して、これから、指輪と一緒にいろんな思い出ができて、これから、これから―――



勝手に高まっていく期待に振りまわされている間にも、獄寺は、おもむろにツナの左手をとり、スラリと伸びた指をまじまじと見つめている。この人なら、結婚式さながら、この手にリングをはめてしまうのだろう。



しかし、意外なほどあっさり、獄寺の手は離れていった。



「10代目は、これからどんどん背も伸びて立派に成長なさって…そしたら指輪のサイズ、変わっちまうなーと思いまして…」



「…え?…サイズ?」





思ってもみない肩透かしを食って、ツナは目を丸くした。そりゃ大きさは合っていた方がいいかもしれないけれど、合っていなくたって大事な指輪にはかわりない。



鈍い自分にも、獄寺が今日のために誠心誠意、吟味してこれを用意したことはわかる。これから手にするお揃いの指輪。普段、装飾品に縁がなくたって、こんなに胸がムズムズしてくるのに。サイズの問題なんて些細だ。ぜったい大事にするのに。



「大きさなんて気にしなくても」



「あ、いえ、もちろんサイズは、直しが利くはずなんで問題ないんです」



「へっ?」





じゃあ、一体なんなの?!



あまりに回りくどすぎる。思わず声をあげて咎めそうになる。が、それを察してか、獄寺の必死の説明は続く。



「えっと、問題は来年なんです。成長されてサイズが変わるつーことを記念して、新しい指輪を贈ってみようか、それとも指輪はサイズだけ直して別のプレゼントを贈るか……でもって別のもんなら何で喜んでもらえるかなって、つい考えちまって…気づいたら朝に……」



最後に、いまにも消え入りそうな「すみません」が耳に入る頃には、ツナの言葉は全て喉の奥にひっこんでしまった。玄関の鉄のドアにズルズルと寄りかかってしまうくらい力が抜けた。へなへなに脱力したのは体だけじゃない。頭のほうもだった。



だって、もう、なんて言っていいのかわからない。相変わらず予想の範囲を超えてすぎている。自分だって、それなりに今日の日をどうしようか悩んだ。でも、この人はオレのことを思って、ずっと先のことまで考えまくっている。なんでだよ。






深い、深いため息が零れて、それから、どうしようもなく笑いがこみあげてきた。



思えば、いつも、自分たちは考えすぎていた。一年たった今だって小さなことで悩んでいる。出てきた答えは実にちっぽけなものだったり、壮大すぎて無理だったりしてる。慎重すぎて反省したり、暴走しすぎて反省したりもして、てんでキリなくフル回転している。



それでも、それでもだ。きっと、これからもいっぱい考えるのだ。できるだけ相手の喜ぶ顔が見たくて一生懸命、バカみたいに悩んで、考えて、話して、グルグルしながら時間を積み重ねて、そうやって、「好き」を伝えていくのだろう。



だから。





今度は、深いため息のかわりに、大きく深呼吸をする。ゆっくりと獄寺に向き直った。



「あのさ、オレもおんなじこと考えてたんだ。獄寺君ほどじゃないけど」



「おんなじ、ですか?」



パチパチと瞬きを繰り返し言わんことを飲み込もうとする仕草は、まるであどけない子どものようだった。つられて、際限なく甘い声を紡ぎそうになりながらも、ツナはひとつの問を放り投げた。



「でさ、獄寺君は、今日、オレになにしてもらったら嬉しい?」



規律正しい優等生の如く、獄寺は自信を持って即答する。



「なんだって嬉しいに決まってます!」



瞳は正直で泳がないし、視線はまっすぐ注がれている。ただ、あんまりにも自信満々に答えられると、少々、気恥ずかしい。それでも、めげずに一番伝えたい部分を口にした。



「オレだって、おんなじなんだよ。獄寺君が一生懸命だってわかったらさ、なんだって嬉しいに決まってる」



「ですが」と、尚も、不安げにゆがみそうになる表情を制して、めいっぱいの気持ちを込めた。



「だから、こういう特別な日はさ、ずっと手をつないでみたり、思い出語っちゃったりしてさ、うんと幸せになったらそれでOKなんだと思う」



「うんとしあわせ…」





たっぷりの沈黙の後、獄寺は言外に教えてくださいと戸惑いがちな視線を寄越した。そして、たくさんあるだろう答えのなかから、ツナが真っ先に浮かんだのは、特別な日にふさわしい特別なことで―――



「たとえばさ、こんなふうに」



左手を真っ直ぐのばして、とても真剣に獄寺の目を見た。



「その指輪、オレにください」





迷いなく差し出された指先の向こうでは、呆けた顔が、みるみるうちに、くしゃくしゃに変わっていった。



「………もっ、もちろん!よろこんで!」



かっこいい顔は台無しで、でも、今日一番のいい顔になった。本気でそう考えているツナの手の中、小さな指輪は小刻みにふるえて、試行錯誤の末、ようやく、あるべきところにおさまった。






 *






「さすがです、じゅうだいめ…オレいま、ものすごい、しあわせです」



互いの手に光る真新しい銀を見くらべて、ぽつりと獄寺が呟く。自分が未だに玄関で裸足のままでいることも忘れて、ひたすら、この身に訪れた幸せを噛みしめている。



「オレも、ものすごい幸せになった」



じーんとしている最愛の人。ツナは、ちょっと照れながら歩み寄って、これまた照れくさそうに笑いかけてみた。すると、突然、二人の距離がゼロになる。目線の高さが同じになって、耳に届いたのは、ちいさな、ささやき声。



「でも……こうしたら、もっと幸せになりませんか?」



熱っぽい視線が注がれ、両方の頬に手が添えられて、それが来ると身構えたとき、目蓋は自然に幕を降ろす。じれったくなるほど、たっぷりの時間が流れて、緊張がピークに達したとき、ゆっくり、ゆっくり、くちびるが重なりあった。






さすが、ごくでらくん。



吟味して答えを出す間がなくとも獄寺のアイディアは素敵だった。



そうだ、こうやって、この柔らかさが今日もここにある喜びを一緒に分かちあおう。幸せなこと、楽しいこと、迷うこと、そのほかのたくさんのことも伝えていこう。そしたら、一緒に思い出していけるのだから。






胸のうちで生まれた言葉は今、声にすることは適わない。そのかわり、365日間ずっと伝え続けてきた熱を、あらためて、くちびるの上にのせた。



fine felice








arrangement palette 復活部屋に戻る