「耳水」
 




水中でのささいな異変が確かなものとなった。水面から勢いよく顔を出したツナは思わず右耳を抑える。


「あ、耳に水入った」


まるで右耳だけまだ水中にいるかのような激しい違和感。


先にプールサイドへ上がっていた獄寺は、プールの縁につかまって不安そうにする10代目に慌てて手を差し伸べる。


「さ、俺の手に掴まって上がってください」


獄寺が真っ先に考えたのは、10代目を元の状態に戻して差し上げる、ただそれだけのことだった。プールサイドへツナを慎重に引き上げる。


「うーん、なんか変な感じ」
「あっ、ダメっす! 頭は動かさないで!」


頭を横に倒して水が入ったのと逆側の耳をトントンしだしたツナを獄寺は強く制した。


「えっ、どうして?」


ギクリと動きを止めたツナは目を丸くして獄寺を仰ぎ見る。


「無理に出そうとして逆に、水が奥に入っちまったら大変なので」
「そうなのー!?」


獄寺は燃え上がる使命感とは裏腹に実に落ち着いた対応だった。ツナが大人しく納得してしまうのも無理はない。


そうして、今度は実に紳士的に10代目を自分の腕に寄りかからせた。


「さ、あちらに行きましょう」


これには、さすがのツナも怯んだ。


「いいよ獄寺君、一人で歩けるって!」


が、ちゃちな抵抗はあっさりと獄寺の知識でもって退けられる。


「いいえ10代目、耳っていうのは大切な器官なんです。音を聞くだけじゃなくて人の平衡感覚にも重大にかかわっているんですよ。10代目がバランスを失って転びでもしたら俺はどう責任をとっていいのか……」


ヘイコウなんたらの下りは、ツナには全く理解不能であったが、責任どうこうの話しはよくわかる。要は自分がうっかり転んでしまったら、獄寺が必要以上に嘆き悲しんで、とっても面倒なことになるってことだ。


「では、行きましょう。くれぐれも頭は動かさないで下さい」


過保護すぎとは思いつつも、ツナは言われるがまま獄寺の腕に寄りかかって歩き、プールサイドのベンチまでつれてこられた。そのままそっと腰を掛け、獄寺もそのすぐ右隣に腰掛ける。


「ねえ、じっとしてればいいの?」


そう問いかける間にも右耳には強烈な違和感が続いていた。別に生まれて初めて耳に水が入ったわけじゃないけれど、そう簡単に慣れるようなもんじゃない。さっさと元に戻ってほしい。


すると、獄寺が大変真剣な面持ちでツナの剥き出しの肩に手をかけた。


「なに? 耳の診察でもしてくれるの? でも、暗くて分かりづらいんじゃないかな?」


素朴な疑問はそのままに、獄寺はごく小さな声で「じっとしててください」と言ってにじり寄ってくる。そして、


「うわっ! やめっ…! やめろよ獄寺君っ!」


なんてことだ。獄寺はツナの右耳に口をつけたのだ。しかも、かぶり付くように。


「いいからじっとして!」
「じっとなんてしてられるかーーっ!」


ツナは獄寺の生暖かい口腔のぬるっとした感触をあろうことか右耳でひどく感じながら激しく暴れた。獄寺も負けじとツナに手を回し、執拗に耳に喰らいついてくる。


「こうやって……! 吸い出すのがっ……! 手っ取り早いんですよっ!」
「無理無理! 絶対無理~~ッ!!」


しかし、体格差とはこういうときに物を云うのか、華奢な身体はとうとう獄寺の片腕にきつく抱きとめられ、頭までがっちりとホールドされてしまった。


こうなってしまったら観念してしまうのがツナの悪い癖で、とうとう右耳はガップリ、獄寺によって塞がれてしまう。


「んんー! んんーーっ!」


生ぬるくてベロッとしてて必死に吸い付かれちゃって、もうなにがなんだか!


ツナはもう目をぎっちり瞑って耐えるしかない。恥ずかしさで頭に血がのぼり、目じりがうっすら涙で滲む。


「もういいもういいっ! 治った! 治ったから!!」


必死の叫びでようやく解放されるとの同時にツナは両手で右耳をガードした。すでに水の違和感なんてどうでも良いと思えるほど、耳全体が変に熱くなっている。


「よかった…! 治りましたか…!」


頭上で沸いたうれしそうな声にツナは思わず頭を抱えたくなる。


もう! こんなとこで何してくれるんだよ!


ツナはひたすら恥ずかしさに苛まれたが、必死に頑張ってくれた感謝の気持ちもすてきれない。複雑な表情のまま恐る恐る顔を上げ、そして、声を失ってしまう。





なぜなら、獄寺の顔もこの上なく赤く染まっているのであった。






……この! 確信犯め!





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★すたさんより一言:ちなみに本作で獄寺が取った行動は耳に水が入ったときの正しい対処法かどうかはわかりませんので、悪しからず…(誰も真似しないよ!)


すたさん、とってもありがとう~~!!