「Birthday Fake」


 嘘をつくのは簡単だ。
 難しいのは――ついた嘘を、覚えておくことだ。


「誕生日おめでとう」
 差し出された小さな包みに、シャマルは一瞬、思考を停止させた。蚊のアンジェラちゃんが音もなく耳元を横切る間のような、わずかの脳稼働の空白。
 それから、思った。
(おめでたいのはテメーの頭だせ、ボンゴレ坊主)
 別に、お抱え医者の誕生日をボンゴレ10代目ボスが祝うのがおかしいわけではない。こいつは配下にちょくちょくこういうことをしてる。マメなことに。
 おかしいのは、頻度。
 彼は、数ヶ月前にも、こうしてシャマルにささやかな誕生日プレゼントをよこしたのだ。確か、安酒の小瓶だっただろうか。
 シャマルの誕生日いつだっけ、という問いに、酔っ払いが適当にしただけの「あー、んなもん明日だ、明日」ってな返答を信じて。
 それをそっくり忘れているのか、ボンゴレ10代目は、半年もしないうちに、またしてもシャマルにささやかな包みを差し出してきたのだ。
 いや、実は……こんなことは、これに限らず再三あった。おそらく彼は、年に2度3度、シャマルの誕生日を祝っているだろう。
 白い包みにかけられた細い青紫のリボンが揺れる。
 まったく、人がいいというか覚えが悪いと言うか。
 どちらもマフィアのボス向きではない。おいおい、大丈夫かよボンゴレは。なんて思う。
 これが女なら、可愛いもんなんだが。気がよくてちょっとバカな女なら。

 ――そういえば、あの娘は元気だろうか。

 思い浮かべたのは、ずいぶん前にひっかけてた情婦のことだった。
 名前も確とは思い出せないが、まさにそんな、気がよくてちょっとバカな娘だった。顔は十人並だったが、赤くて柔らかい頬がチャーミングだった覚えがある。
 シャマルは、自他ともに認めるタラシだから、日頃はどんだけ自堕落な生きざまだったとしても、女を落とす作戦ならいくらでも真剣に練ったし、それに必要ならいくらでも嘘をついた。
 誕生日は、その中でも一番よくついた嘘かもしれない。女は記念日が好きだ。
 誕生日と言うだけで女の態度が軟化したり、優しくしてくることが度々あって、安直にシャマルは味をしめた。
 数十股かけてた頃は、毎月誕生日があったものだ。
 彼女もそうした時期に、嘘の誕生日を教えた相手の一人。
 人の良いことに、大げさに喜んでシャマルを祝い、間の抜けたことに、年に数度それをやっても気付かなかった。
 いつもいつも、ささやかな祝いを用意して、おめでとうおめでとうと。
「……あのよー。ボンゴレ坊主」
 そんな、時を経て不意に蘇った罪悪感が言わせたものか。
 あるいは単に、この、マフィアのドンとしてどころか、年相応の青年としても多分に頼りない相手を騙しておいたところで、さして得もないせいか。
 シャマルは、ボンゴレ10代目の手から、包みを拾いあげながら、ついこぼした。
「お前さん、ほんとに分かってるか? てか、覚えてるか? 今日が何の日か」
「? もちろん。覚えてるよ。シャマルの誕生日だろ?」
 じゃあ覚えてないのは自分の行動の方か。まぁ、数知れない配下を祝う彼のことだから、とりまぎれてしまうのかも知れないが。
 だったら、忘れてしまう程度のことだったら、わざわざ何度もこんなことしなくてよさそうなものだ。
 こんなちゃらんぽらんな人間の言うことを、頭から信じて――
 シャマルが片目でしかめっつらを作っているのもどこ吹く風と、彼は、まったくマフィアらしくない細い貧相な首を、子供っぽく傾けて。
「今日は少し張り込んだよ。ホントのお祝いだから。気に入るといいけど」
 そう、笑顔で続けた。
 ……いや? 待て?
 今度は、アンジェラちゃんが耳元を往復するくらいの合間の、空白。
「――お前、今なんて」
「気に入るといいけどって。あ、中身? でもそれは言っちゃったら興ざめだろーから、気になるなら開けてみれば」
「そうじゃねぇって。だから、つまり――お前、気付いてたのか? その、オレの」
「気付いてってなに――あ」
 はっきり言わないシャマルに、彼はしばらくきょとんとしていたが、ややあって、ぽかりと口を丸く開けた。
「あ。あ――」
 発声練習みたいにぽかんと開けた大口からそんな声を発する。
 アンジェラちゃんが部屋の対角を横切るくらいの間の、空白の後。
「ぷっ……ははっ、あはははは!」
 ボンゴレ10代目は、いきなり、吹き出した。腹を押さえ、身をよじって笑う。マフィアのボスらしい威厳なんてあったもんじゃない。
「――おい」
「ごっ、ごめっ……だって、シャマル……覚えてるんだ。ていうか、嘘ついたって思ってたんだ……!」
「あぁ?」
 さすがにイライラしてきたシャマルに、彼は小さく苦笑して、改めて視線を上げた。
 涙がにじむほど笑っていた目が、真っ直ぐとこちらを見る。強いわけでも、敵意や悪意があるわけでもないのに、どこか居心地が悪くなるような視線だった。
 そもそもそんなに人を正面から見るものじゃないぜ、と思う。そんな、恐れを知らぬ子供みたいに。
 居心地悪く、彼の目から顔の輪郭あたりに少し目線を反らす。
 さっきまでの笑いの発作に紅潮した頬は、男のものと思えない柔らかな赤さで、またあの娘を思い出させた。
「あのさぁシャマル。オレ、ボンゴレなんだよ?」
 そんなことは知ってる。そうでなきゃ、こんな野郎のガキ、なんの縁もなかっただろう。
「つまり、だ。……嘘かどうかなんて、すぐ分かる。ってこと」
「……!」

 超直感。

 その単語が頭をよぎるなり、シャマルは自分をしめあげたくなった。
 なんてことだ。うっかり失念していた。
「今のシャマルの「悪いことしたなー」って顔! 思わず笑っちゃったよ。オレのこと騙したって思ってたんだ?
 あー……それともそんなこと考えてなくて、単に習慣的なくらい、よくついた嘘だったのか。女の子騙したんだろ。悪い男だなぁ」
 彼はそんなことを言いながら、ひとりで笑ったりうんうん頷いたり肩をすくめたりしている。忙しいことだ。
 シャマルはそれを、ほぞを噛むような心持ちで眺めた。がしがし頭をかきまわす。
「ちっー……オレもヤキが回ったもんだ。仰せの通りだよ、ブラッド・オブ・ボンゴレ。
 だがな、お前、違うって分かってたなら、なんで嘘の誕生日にまでおめでとうなんて言ってきたんだよ。何度も」
 それがなかったら、シャマルだってここまでウカツに、ボンゴレの血統に虚偽誕生日申告なんて間抜けなマネしなかったのに。
 超常の洞察力をその血に宿すボンゴレ10代目は、「んー?」と子供っぽくつぶやきながら微笑んだ。
「なんだろうなぁ……オレの直感力知ってるのに、嘘ついてくるってシチュエーションが、最近じゃめったにないから、珍しくて面白かったのもあるんだけど」
 最悪だ。
 いかにも人のよさそうな童顔でなんてこと言いやがるのか。
「嘘の内容自体、かわいいもんだと思って」
「はぁ!?」
 その理由は更にいただけなかった。
 自分の半分しか生きてないようなガキに可愛いなんて形容されたくないものだ。おぞけが走る。
「オレさ、けっこう好きなんだ。人の誕生日祝うの。おめでとうって言うのも、ささいなプレゼント用意するのも。
 こんな、誕生日なんてお祝い事くらい、何度やったって全然苦痛じゃない。
 だから、付き合おうかなーって思ったんだ。シャマルの嘘に」
 彼はまた、柔らかそうな頬で、笑った。
「シャマルが騙してきたつもりの女のひとたちも、もしかしたら嘘だって気付いた上で、付き合ってたのかもよ。女性の直感は、ときどきボンゴレの血以上じゃないかって思うことあるもんオレ」
 くすくすもれる軽やかな声が憎らしい。
 シャマルは渋面で舌打ちする。
 あの娘も、いつも軽やかに笑ってシャマルの嘘を祝っていた。

 ――おめでとう、おめでとう、あんた。今日はいい日だわ! あんたのいい日を、あたしが一緒に祝えることが、何よりいい日だわ! だってそれは……こうして、一緒にいるってことなんだもの。

 ……彼女が本当に気付いていたなんてことがあるだろうか? いかにも素朴な、愚直なくらいの女だったが。
 憮然ともの思うシャマルを、またボンゴレ坊主がじっと見上げてくる。
「シャマルは、さ」
 まるでシャマルの思い出まで見透かしたような瞳で。
「自分で思ってるほど、嘘に向いてないんじゃないかな。だって、情熱が足りない」
「そりゃ聞き捨てならねーな」
「嘘をつき通そうって熱意に欠けるってことだよ。
 本気で人を騙すなら、ついた嘘をずっとずっと覚えてて、自分の言動に矛盾がないようにしないといけないんだ。絶対にばれないぞって情熱がないと、無理」
「お前じゃなくて、女相手に口説いてるときなら、オレぁ情熱にあふれてる」
 その当の女相手に、丸バレな嘘をついてたことは棚上げして、シャマルはそう主張した。
「大体それなら、テメーも嘘向きじゃねーんじゃねぇか?」
 いかにも人が良くて馬鹿正直という以上に。このどこにでもいそうなガキは、情熱という言葉をあまり感じさせない。
 すごく冷めているというのではないが、多分、根の部分にどこか冷静な観察者の視線があるのだ。
「そうだね。オレは向かない。だから嘘はつかないんだ」
 馬鹿がつくくらい正直にあっさりと、ボンゴレ10代目は頷いた。
「そんで、もしつくときは――一生つき通す覚悟で、つく。ずっと、それを背負う。
 オレのウソが、ボンゴレのマコトになっちゃうことも、あるからね」
「一生、ときたか」
 なんとも重苦しいことだ。
 シャマルは他人事ながらうんざりして、首を左右に振った。
 一方でこちらの気を滅入らせた当の本人はといえば、やっぱり軽く笑っている。
「……だから、かなぁ。オレ、シャマルの軽い嘘が、嫌いじゃないんだ。むしろけっこう好きかも」
 そしてまた、おかしなことを言い出した。
「だから、いいよ。オレには嘘ついても、いい。また、嘘の誕生日も祝わせてよ。それはオレには楽しいことなんだ。ささやかな嘘につきあうのだって――こうして一緒にいるから、できることなんだから」
 ……お前、それは。
「男に言われても嬉しかねぇ台詞だな」
 そう返すのがやっとだった。
 シャマルが更に渋い顔をしたその理由を、見抜いているのかいないのか、彼は変わらず笑顔のままだ。
 それを見ながら、なんとなく思った。
 見た目はともあれ、ボンゴレのボスともなれば。
 おそらくこいつは、酷くえげつない嘘にも、切羽詰った命がけの偽りにも、いくらでも直面してきただろう。これからもするだろう。例えば、その嘘をついた相手が、もうこの世の住人でないことも――おそらく、あるはずだ。
 そしてその全てを、彼は嘘だと見抜いてしまう。その血に宿る力が、それに騙されることを許さない。
 それは存外、しんどいことではないだろうか。
 無理矢理、強烈な酒を飲まされながら、一向に酔うことがないようなものではないだろうか。
(――ぞっとしねぇな)
 酒と女と、それらへの酩酊を好むシャマルにとっては、酔えない人間は世界一不幸な人種に思える。
 軽い嘘が好きだという、このボスの。
 人が好くてバカ正直な、この青年の。
『嘘』ってものへかける思いなんて、シャマルにはどうでもいい。
 脳細胞の数パーセントかでも、男についての思考に費やすなんて耐えがたいことだ。
 それでも、まあ。たまには。
(誕生日なんて嘘くらい、ついてもいいさ)
 例えばちょいと酒が欲しくなったときにでも。
 嘘の誕生日にでも、安酒の小瓶くらいは、くれるんなら。
 はなから騙す気のない、意味のない嘘を、ついてやってもいい。
(嘘をつくのなんて――簡単、だからな)
 まだ中身も知らない『本当の』誕生日プレゼントの包みを、しわの寄った白衣のポケットにつっこみながら。
 そんな風に、思った。


「――そういえばさぁ、シャマルって今日でいくつになったの? なんか、年に何度も誕生日おめでとうって言ってきたせいか、とっくに5、60は超えてるような印象があるんだけど」
「……やっぱ、つかねぇ。もー誕生日なんて嘘ぁ、オレはつかねぇぞ!」


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Limited Lifeblood の狭衣さんから頂きました。
だらしない男前なシャマルが大好きです。狭衣さんのうっかりツナに踊らされつつ、でも踊ってやってもいいかなドクターとさりげなく甘えて見せるボンゴレボスにカンパイです。
さいさん、ありがとうございます!